fc2ブログ

弓の名人 和佐大八郎の墓

202202182.jpg

和佐大八郎は和歌山の弓の名人でした

和歌山の民話からコピー

 弓のチャンピオン和佐大八郎は、昔の和佐村の出身。二十四歳のとき、京都・三十三間堂の「通し矢」で、一昼夜に八千百三十三本を記録、一躍日本一の弓の名手になったという。貞享三年(一六八六)四月のことだった。
 だが、晩年は恵まれず、田辺に幽開されたまま病死したとか。理由は弟、半六の女性問題ともいうが、大八郎の記録はライバルだった尾張審士の記録を破ってのもの。そのあたりに、この「不遇の晩年」を解明する手がかりがあるのかも……。
 その大八郎の墓が、称宣の山すその共同墓地の一角にある。高さ四十センチばかりの小さな碑の側面にある刻字は「大八良」。そういえぱ、彼の名は「大八」だという説も。

(メモ:布施屋(ほしや)の国道24号線から南へ県道船戸海南線へ入って約三キロ、国鉄和歌山線布施屋駅からも同じくらい。墓の北五百メートルほどのところに、母親が大八郎の成功を祈願したという「高積神社」がある。)

和佐大八郎の墓は和歌山の和佐に有り、一族の墓が多く存在します
古い墓が多く残ります

墓の位置

続きを読む

鳴滝峠、古道探索

20220129.jpg

紀泉高原で最も荒れた道に鳴滝峠越えが有ります
今、友人のクラブがその復元に努力しています
私も少しだが、何かの力に成れればと今日友人と二人で、古い沢を渡す鉄橋を探しに行きました

沢内を探す友人

続きを読む

見返り山

202201251.jpg

そろそろ始まったのかな
先日、道標の支柱を建てた。一雨降って土も固まったから道標を取り付けようと、ドリルに、斧 ハンマー、鋸、忘れ物は無いかな

現場に着いてアララ、道標看板が無い
こんなことが多くなった。少し心配だ

帰るに帰れず、見返り山で笹を刈り取り体を温め、お腹を空かしマイタケ汁を飲んでさらに温め、山頂を独り占め

寒い冬に、母と二人で柴を刈りに裏山に入った

冬は山が一番のエコロジー、コロナが収まれば山頂で一人鍋でも楽しむのだが、

登山道整備

220124-100031.jpg

午前中は紀泉高原滝谷尾の登山口道標の交換をして、滝谷の登山道の状態を確認してきました
滝谷道は荒れています
簡易で蔓類を取りました

このままでは廃道に成るかも、一度通歩いて確かめたい

220124-100043.jpg

コース図です
20220125.jpg

続きを読む

道標の支柱探して紀泉高原に

202201191.jpg

大同寺霊園が一般車の駐車を禁じてから大関橋駐車場がにぎわっている
大福山から六十谷道下山で大関橋に距離を縮めたいときに滝谷尾下山が一番早い
滝谷尾は長年整備が無かった
そこを山友が下草や伸びた雑木、倒木を撤去して道を整備した
少し私も加わったが、道標は私の係りと、新しい道標設置計画だ
その道標の支柱は自然な木が良いと、松の倒木の芯部分が残る物が一番良い
探せばあるもで、今回、八王子社跡道標分も見つかった
次回は分岐に背負子で運ぶ作業だ

続きを読む

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
プロフィール

syotann

Author:syotann
FC2ブログへようこそ!

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
QRコード
QRコード